我が子の数十秒の準備さえ、「早くして!」と言ってしまう。
朝の支度の時間。
子どもは、片方の靴下をはいたまま立ち止まったり、鏡をのぞいて髪の毛を気にしたり…。
「早く靴下はいて」「ランドセル持って」――親は出発時刻に間に合わせようと、つい急かしてしまいます。
時間に余裕があっても先に先にと、口癖で急がしてしまう。
宿題の時間になっても同じです。
「さあ、始めよう!」と声をかけても、鉛筆を並べたり、消しゴムのカバーを直したり、子どもは取り掛かるのに時間はかかります。
大人から見れば「たった数十秒でできること」なのに、その数十秒を待つことが難しくて、思わず「早くして!」と口にしてしまう。
大人のペースに子どもを合わせようとするからこそ生まれる、「待つことの難しさ」。
それは親子にとって日常の中で何度も顔を出すテーマではないでしょうか。
親が「待つことの難しさ」を感じる背景
なぜ、数十秒を待つことがこんなにも難しいのでしょうか。
ひとつは、私たち大人が日々「時間に追われている」からです。
仕事、家事、子どもの送迎…頭の中には常に“やることリスト”が並んでいて、予定通りに進めたいという気持ちが強くあります。そんな中で子どもが立ち止まると、「その数十秒すら惜しい」と感じてしまうのです。
もうひとつは、親自身の心の余裕の問題です。
疲れていたり焦っていたりすると、ほんの一瞬の停滞も大きなストレスに感じられます。「待つ」という行為は、思った以上に心のエネルギーを必要とするのです。
子どもにとっての「数十秒」の意味
一方で、子どもにとっての数十秒は、大人が思う以上に大きな意味を持っています。
たとえば、宿題に取り掛かるまでの準備。鉛筆を削ったり、消しゴムを整えたりする行為は、単なる“時間の浪費”ではなく、「これから頑張ろう」という気持ちを整える大切な儀式かもしれません。
また、出発前に立ち止まって鏡をのぞくのは、身だしなみに気を配る芽生えのサインです。子どもなりに世界と関わろうとする姿勢であり、その瞬間は成長の一部なのです。
大人からすれば「無駄」に見える行動でも、子どもにとっては心の準備や自立の一歩。待つことは、そうした成長を見守る時間でもあります。
親ができる工夫と心の持ち方
では、どうすれば子どもの数十秒を受け止められるでしょうか。
まずは、「待つことは応援である」「子どもが考えている時間」と捉えてみることです。
「この子は今、自分の力で頑張ろうとしているんだ」と思えば、数十秒が単なる停滞ではなく、成長の瞬間に見えてきます。
次に、小さな声かけで伴走すること。
「あと少しでできそうだね」「自分で準備できてるね」と伝えるだけで、子どもは安心し動き出せます。
そして、親自身の余裕を確保することも大切です。
完璧にこなそうとせず、「多少遅れても大丈夫」と思えるだけで、待つ心の余白が生まれます。忙しい過ぎる時は、何かを諦めることも心の余裕に大切です。考えていることが、キャパオーバーになっていないか考えてみてください。
時には親の側も“深呼吸の時間”と考え、待つ時間を自分の時間に使ってください。
最後に
「数十秒を待てない」という親の気持ちは、とても自然なものです。子どもが困らないように!人に迷惑をかけないように!と忙しい毎日の中で、誰しもが感じることだからです。
けれど、その数十秒の中には、子どもが自分の力で成長していく大切な瞬間が隠れています。
「早くして!」と声をかけたくなったときこそ、「これはこの子の挑戦の時間」と思い直してみる。
その小さな積み重ねが、子どもの自立心を育み、親自身にも少しずつ余裕を取り戻してくれるはずです。
そして、子どものペースに寄り添えないことに悩む保護者は、実はとても多いのです。
でも、そのことに気づけている時点で、すでに大切な一歩を踏み出しています。あとは関わり方を少しずつ工夫していけば大丈夫。
そんな工夫や視点を一緒に見つけるお手伝いを、私たちはしています。
一人で抱え込まず、どうぞ気軽にご相談くださいね。