少し前に、低学年の息子の担任の先生とお話をしました。
息子は元気いっぱいで、よく食べ、よく寝る、明るい性格の子です。
学校も大好きで、毎朝友達とふざけながら登校しています。
けれど最近、私と一緒にいる時の様子が少し気になっていました。
小さなことで癇癪を起こして、姉を叩いたり
「どうせできない」「もういい」と諦めるような言葉が増えてきたり、
公共施設や電車内で、大きな声や動きで人にぶつかったり、周りが見えていないのか
隣の人が嫌な顔をしているのに気づかない。気付かせるために、電車を降りたり、外に出て話すと癇癪をまた起こす。
「自分は悪くない」「迷惑かけてない」「うるさくない」
癇癪を起こすと思うと、注意するのも、一緒に外出するのも、億劫になりました。
約一カ月ほど続いたので、
「学校ではどんな様子なんだろう?」と担任の先生に相談してみました。
先生は、学校での息子の様子を忙しい中でも時間をつくり丁寧に話してくださり
授業や友達関係も学校生活では特に心配するような姿は見られないとのことでした。
その話を聞いて、良かったぁと思うと同時に
心の奥で少しモヤモヤする気持ちもありました。
私は、どこかで、「この子に何か特性があるのが分かれば言動の説明がつく」、「癇癪や問題行動は私のせいではない、学校生活の中に原因があるんだ」と、
どこかで“納得できる理由を知ることで自分のせいじゃないと言いたかった”自分に気づきました。
私は“息子の悪いところしか見ようとしなかった” “私もどこかで息子が「できない」と思っていた”
”外で迷惑をかけると息子ではなく、できていないのは母親だと思われるのではないか”
ひどい親ですよね。
そしてその感情に気づいた時、ふと思いました。
「子どもを知る」というのは、
自分がどのように子どもを見ているのかを気付かなければいけないこと。
自分の価値観や社会的な見方に縛られて、子どもを判断しようとしていないか
こうであってほしい姿とのギャップで、できていない部分ばかり伝えていないか
自分の中の思い込みに気づくことも、子どもを理解する大切な一歩なのだと感じました。
家と学校での姿は違くても、どちらも“我が子”であることは変わらない。
学校では問題なくても、私の前で困っていると言動で表現しているのなら、私に知って欲しい、受け止めてほしいことがあるからこそ見せている。その姿を「できない子」で終わらせるのではなく、
自分の思い込みを外し、向き合う。対話をし息子の気持ちや求めていることを知ること。
すぐには解決しないかもしれないけど、ゆっくりで、少しずつで大丈夫と思えば、少し気持ちも軽くなります。
その後は、私が自分の感情に気づけて、息子への見方が変わったからか、息子の癇癪を起こしている姿も少なくなりました。伝える言葉や、自分の心を落ち着かせてから話しかけるなど、意識することができたからです。
癇癪を起こしても気持ちを切り替えやすくなったと感じます。
これも、自分がどこに意識を向けすぎていたのかを考えさせられます。自分自身に余裕がなかったことも後から感じました。
今回の担任の先生への相談は、
子どもだけでなく、自分の思いを言葉に出したことで自分の感情にも気づけました。
カウンセラーなのに、子どもと沢山接しているのに相談するの?我が子が分からないの?と思う方もいらっしゃるかもしれませんよね。
正直に、私もそれぞれ個性の違う三人の子どもを育てながら、戸惑うことは、たくさんあります。私にとっても初めての子育てであります。どれだけ教育、子育てについて学校や本から学んでも実際に我が子に問題が起こると、悩むことも多いです。
だから私は、一人で抱え込まず、我が子と関わってくださっている先生方や周りの方に助けてもらっています。
勉強してきた中で、子育てを一人でしない”ことは、弱さではなく、子どもを大切に思うからだと学んだからです。
今の私ができることです。
子育てをしていると、つい目の前の出来事ばかりに気持ちが向いてしまいますが、
少し視野を広げてみると、たくさんの温かいまなざしや支援が
自分や子どもを支えてくれていることに気づきます。
今回は、担任の先生に改めて息子の良さに気づかせて頂き感謝しています。
これからも、子育てをしながら自分を知り、
さまざまな人との関わりから学びを重ね、
より豊かな考えとあたたかな心で、子どもたちと歩んでいきたいと思います。
あなたがもし子育てで悩んでいる時は、頼ってくださいね。私が頂いてきた学びと温かい気持ちを繋げていきます。